スイス製機械時計の購入

 先日、スイス製機械時計を購入したので、記録しておこうと思う。

動機

 そもそも、筆者は伝統工芸好き・機械好き・機械時計愛用者だが、当人のコレクター気質と本人の収入と機械時計の価格帯との相性が悪く、これまでに手にした機械時計は、自分用にアンティークの懐中時計数点とHamilton Jazzmaster Viewmatic (H32715551)、父にプレゼントしたセイコー Credor(型番不詳)、祖父にプレゼントしたセイコー Brightz Phoenix (SAGK003)と僅か数点でしかない。
 筆者はスイス在住3年目で少しは財布に余裕がでてきたので、日常使い用の比較的安価なスイス製機械時計を購入することにした、というのが本企画である。

そもそもの話

 スマートウォッチが存在する現代にあえて機械式時計を選択する人であれば、例えば「ファッション」「アクセサリー」「ガジェット」といった動機が多そうだ。そのため、個人的には機械式時計はファッション性の高さ・ガジェットとしての所有欲を満たすモノ…といった点が重視されると思うのだが…筆者が個人的に納得いかないのは、その機械式時計の代表格的な存在がRolexやOmegaという点である…(※これは日本に限った話ではなく、例えばRolexのシェアは世界の高級時計販売の3分の1だそうである)。
 Rolexで代名詞的な時計はExplorer(※元は探検用)やSubmariner(※ダイバー用)・Omegaの代名詞的な時計はSpeedmaster(※レース用)やサブブランドのMoonwatch(※元は月面探査用)やSeamaster(※ダイバー用)と、いずれも過酷な環境に耐えられる堅牢な設計で、筆者に縁の無い方向の性能は素晴らしいのだろうが、個人的にはファッション性もガジェットとしての面白さも感じられないのである(※あくまでも個人の主観です)。
 仮に筆者が予算無制限で選べるならば(※ありえない仮定)、工芸品としてならスイスPatek Philippe・フランスCartierあたりの方がファッション性も高く機械としても面白いし、見た目や構造の面白さ重視なら新興のベルギーRessenceもある。さらに実現性を度外視すれば筆者の理想の機械時計はBreguet Marie-Antoinetteである(※もちろん非売品)。

 もちろん、筆者は頂いた給料で日々の生活を遣り繰りする一般庶民なので、そんなものは非現実的で、実際はPatek Philippe(参考:500万円~)は元よりRolex(参考:150万円~)どころかOmega(参考:50万円~)すらも手が出ない。
 例えば上述の通り筆者はHamilton製・セイコー製の機械時計の購入歴があるが、これも現実的な選択の結果である。まず、Hamiltonは元祖は米国企業で昔の米国製時計をモチーフにしたアンティーク風時計が多いが、現在はスイスSwatch Group傘下のスイス時計のブランドで、Rado・Longinesより下でTisso・Mido・Certinaと共に中価格帯を担っており値頃感がある。
 筆者の所有するHamilton Jazzmaster Viewmatic (H32715551)はフォーマルでもカジュアルでも対応できる汎用性の高いスタイルとOmega・Longinesにも採用歴のあるETA 2842-2キャリバーを低価格で両立しており、筆者はUS$ 750ほどで購入したが、同系統のキャリバーを搭載するLongines L27554773はUS$ 2,000ほどだった(いずれも終息品)。もちろん時計の製造コストはキャリバーだけでは決まらず単純比較できないが、筆者の使い方では価格差ほどの価値の違いは見出すことができなかった。
 ちなみに、筆者の購入した時計にセイコー製が多いのは日本在住時(~2012年)に関連企業に勤めていたせいであるが、一般的に日本の時計メーカー製の方がスイスの時計メーカー製の製品より割安だと思う(同じ性能・同じデザイン…ということがないので、やはり単純比較はできないが)。

選定

 今回は普段使い用を1本(既存のHamilton H32715551と併せて2本)、フォーマル兼用を1本購入した。
 2本購入したのは、(1) ETA 7750系ムーブメントの時計に興味があった (2) ETA 7750系だとそれなりに高価(US$ 1500~)なので低価格な普段使い用(US$ 750前後)を別途欲しかったからである。

Hamilton American Classic Intra-Matic Chronograph H38429110(参考:公式YouTube

Image Source: Hamilton
 Hamiltonが1969年にリリースした世界で最初期のクロノグラフChrono-Maticのスタイルを復刻した時計であるが、調べてみると見た目は良く復刻出来ている。クラシックでシンプルな見た目でスーツとでもカジュアルとでも組み合わせ易そうだ。
 キャリバーのH-51はクロノグラフの定番ETA 7753のパワーリザーブを42時間から60時間に引き上げた改良版で、Tissotで採用されているETA A05.291と同等と思われる。興味深いのは本シリーズでは自動巻き機構付きのAutomatic版と自動巻き機構が外されたMechanical版が存在する点で、Mechanical版は本体が薄型化され風防のガラスが本体から飛び出したアンティーク時計風になっている。
 直径は40mmと小型だがETA 7753系キャリバー搭載だけあり意外にずっしりと重い(144g)。

Mido Multifort Dual Time Automatic M038.429.36.051.00(参考:公式YouTube

Image Source: Christian AG
 フェイスもケースもベルトも黒いのでカジュアルにもフォーマルにも合わせやすく落ち着いたデザインだと思う。
 筆者の場合、既存のHamilton H32715551は本体がシルバーにベルトが茶色のレザー・上述のHamilton H38429110は本体とベルトがステンレススチールでシルバー・フェイスがオフホワイトとなっている。また、例えばMido Multifortの現行モデルは基本的なデザインはそのままにフェイスが青・本体とベルトがステンレス製のシルバーという紳士用時計で「よくある」色遣いとなっている。今回はあえて他との被り難い真っ黒なモデルを選択した。
 キャリバーはMido 80.661だそうだが、これは定番ETA 2824-2のパワーリザーブを42時間から80時間に引き上げた改良版ETA C07.661で、Tissotなどで採用されているPowermatic 80と同等である。
 本品ではETA C07.661そのままではなく、モジュールにより4番目のオレンジの針で24時間時計を追加されており、2種類の時間を設定できる(よく「GMT」とも呼ばれる機能)。個人的には4番目の針のせいで時刻合わせはやや面倒くさいが、自動巻きでパワーリザーブ80時間なら時刻合わせする頻度も少ないだろうから苦にはならないだろう。

メンテナンスと維持コストとコレクション数の話

 今回2本を追加し、筆者の機械時計の所有数は合計3本になったが、恐らくは最大でも5本までだろうと思う。その理由は、機械時計は定期的にオーバーホールが必要で、その目安がおよそ5年毎だからである。つまり、5本以下であればオーバーホールを1本/年以内とすることができる。
 オーバーホールの費用は状態によるが、ETA 2824-2のようなシンプルなキャリバーでも状態が悪いと~5万円程度かかるし、ETA 7750のようなクロノグラフだとオーバーホールだけで5万円程度(+部品代+修理代)してしまう。既存のHamilton H32715551や今回入手したMido  M038.429.36.051.00は約US$ 750ほどなので、何度もオーバーホールする価値があるかは疑わしい。10年ほど使ったら買い替えるのが良いかもしれない。

 言い換えると、時計の価格は新品の購入価格だけでなくTCO(Total Cost of Ownership=総保有コスト)で考えるべきかもしれない。例えば前節で「Hamilton H32715551がUS$ 750(約10万円)・Longines L27554773がUS$ 2000(約30万円)だった」ということを書いたが、もし、50年間使って10回×5万円/回でオーバーホールすると、TCOは60万円 対 80万円になるので、TCO(1:1.33)は購入価格(1:3)ほどの違いは無いことになる(もっとも、高価な時計ほどオーバーホールや部品の費用が高い場合も多いので…これは「同じ構成部品を使っている場合」に限定した話である)。

 余談だが、オーバーホールの高コストのせいだろうが、Swatchはオーバーホール不可能な代わりに安価(US$ 200~300ほど)な機械時計SISTEM51をラインナップしている。仮にオーバーホール可能だったとしても新品価格がオーバーホール費用を下回っているわけだ。逆転の発想で面白いが、機械時計を持つ動機、例えば「ファッション」「アクセサリー」「ガジェット」からして本末転倒な気がしなくもない…。

 ちなみに、筆者がこれまでHamilton・MidoとSwatch Group傘下のブランドの時計ばかりを入手してきたのもETA製キャリバーの信頼性とメンテナンス性を重視したからで、ETA製・Sellita製キャリバーならともかく独立ブランドの独自キャリバー(例:RolexやZenith)とかだとオーバーホールのコストや交換部品のコストが幾らになるか見当もつかない。